かつてはほとんどの企業で、ほぼ固定化されたスキルセットをもとに、既存の従業員および新入社員を対象とした大規模な人材教育が行われていました。使用するツールは毎回同じで、スキルの陳腐化も比較的ゆっくりとしたペースで進んでおり、企業はおきまりの研修を受講させることで、きちんと生産性を上げることができました。ところが現在では、技術や業務内容、求められるものが急速に変化し、これまでのやり方では通用しなくなりました。あらゆる階層のすべての従業員が常に学び続けることが必要となったのです。そこでコーナーストーンでは、ITサービス会社ソプラ・ステリアの4 ジャン=シャルル・ノワロと、製造業の アクセンス社0の10シリキット・ ベリのまったく異なる業界で働く人の人物にインタビューを行い、こうした変化について聞きました。
学習機会損失の代償
スキルとパフォーマンスに明確な関係 があることは広く知られるようになったものの、現場でどういった研修プログラムを実践すべきか、人材教育にどのようなツールを使うべきか、そうすることでどんな結果が得られるのかなど、多くの企業が山ほどの疑問を抱えています。2023年2月にパリで行われたラーニングテクノロジー・カンファレンス にて、コーナーストーンのクライアントマネジメントディレクター、ナディーヌ・ブイ=ルコントが、ソプラ・ステリア・アカデミーの副理事であるジャン=シャルル・ノワロ氏とアクセンスグループのL&Dマネージャーであるシリキット・ベリ氏に話を聞きました。
ひとつ確実に言えることは、教育によるROIは、教育プログラムを行わなかったことによる損失よりも測定しにくい、ということです。ナディーヌ・ブイ=ルコントが言及したPwCの調査によると、デジタルスキルの欠如したマネージャーは、1人1日あたり44分の時間を無駄にしているとの驚くべきデータが明らかとなっています。これを具体的な数字に換算すると、2,500名の従業員を擁する企業の場合、マネージャーの作業効率が1日に10分アップするだけで、その企業は290万ユーロのコストを削減できるという計算になります。デジタルスキルの重要性はコロナ禍でさらに高まり、デジタル技術に精通し、デジタルツールを自在に使いこなすことがマネージャーに求められるようになりました。
ではこうした課題が、企業にどういった影響をもたらしているのでしょうか?
「学習する組織」への転換
ジャン=シャルル・ノワロ氏は次のように説明します。「ソプラ・ステリアはITサービス企業ですが、この業界では従業員のスキルが企業の実績を左右します。この傾向は、スキルの陳腐化が急速に進むデジタル業界においてさらに顕著となります。デジタルサービス市場は驚くべきペースで発展を続けています。ITサービス企業はクライアントのニーズに応え、技術の進化に適応するよう、常に意識しています。
こうした課題に対応するため、ソプラ・ステリアでは真の『学習する組織』となるための取り組みを始めました。これには日頃から、従業員のスキル アップを促すと同時に、組織内での積極的な知識の共有を推進することが必要であり、1,500人の社内講師を動員することで、知識共有が当社の企業文化の一部として浸透するよう後押ししました」。
一方でシリキット・ベリ氏は、学びによって外の世界とつながり、周囲の変化を知ることができる、と考えます。アクセンスは石油・ガス業界の大手企業であり、石油化学製品の精製・製造技術の開発を中心に事業を行っています。現在、事業の中核をバイオ燃料製造へとシフトする動きが進んでおり、こうしたエネルギー転換に伴う事業内容の刷新によって、新たなサービスの提供および新たな職務の創造が求められるようになりました。エネルギー分野において企業の競争力を維持するとともに、将来の動向を予測するには、現場で用いられる技術に特化した研修プログラムを提供することが必須となります。「アクセンスでは研修が、労働環境および市場をつなぐ役割を担っています」と、シリキット・ベリ氏はコメントしています。
学びを促進するデジタルツール
ソプラ・ステリアおよびアクセンスの両社では、研修プログラムの運営・管理に、コーナーストーン のLMSを活用しています。LMSは精巧なモジュール式ツールであり、上手く活用することで企業の能力開発戦略に大きく貢献することができます。
LMSは学習文化の形成において複数の重要な役割を担っています。シリキット・ベリ氏によると、「能力開発戦略の一環として、本拠地フランスにおいて大規模なトレーニングを実施する」のはもちろんのこと、世界各地にあるアクセンスの支社において、それぞれの組織構造に沿ったトレーニングを提供しています。さらに、LMSは柔軟なトレーニングを可能とします。アクセンスでは3年前のアカデミー設立当初より、コーナーストーンをコンテンツライブラリ として使用し、従業員がそれぞれのスケジュールに合わせていつでもアクセスできる環境を整えています。
また、ソプラ・ステリアと同じく、アクセンスにおいても、従業員がコンテンツ開発に携わっています。「当社は技術志向の企業であり、社内講師を高く評価しています。エンジニアがツールを使って知識を共有し、eラーニングモジュールやハイブリッド形式の研修コースに取り入れています。専門的な知識を学ぶ研修コンテンツを構築するには特別なスキルが必要であり、重要なポイントや覚えておくべきことを考慮して内容を構成することが求められます。これができるエンジニアは教えることにも長けた優秀な人材であり、知的好奇心に満ちた人物であると言えるでしょう」。
トレーニング需要の向上
「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがあるように、多様な研修コンテンツを準備するだけでは十分ではありません。従業員が自身のキャリア形成における重要な要素と捉え、自ら学習プログラムに積極的に取り組む環境を整備することが必要となります。コーナーストーンのナディーヌ・ブイ=ルコントが指摘するように、従業員が研修プログラムを必要とするときに、許可を得ずともいつでも自由にアクセスできるリソースとして、研修カタログを位置付けることが重要です。
「フランスのオフィスではこれまで、マネージャーの許可なしに学習セッションを受講することができませんでした。今ではコンテンツに常時アクセス可能となり、自身のペースで学習を進めることができ、学習する組織と呼ぶにふさわしい環境を築くことができました。当社では、企業の変革に欠かせない存在として従業員を捉え、人財育成に取り組んでいます」。
研修プログラムへの積極的な姿勢 を育み、学習体験 を向上するには、一人ひとりの従業員のニーズに合ったプログラムを提供することが鍵となります。ジャン=シャルル・ノワロ氏は次のようにコメントしています。「自主的に学習できる人もいれば、そうでない人もいます。また、デジタルの研修コンテンツが適している人もいれば、対面またはオンライン形式のグループセッションを必要としている人もいます。そのため、従業員のやる気をアップするには、多様な学習環境を整備することが不可欠と言えます」。
テクノロジーの効果によるものなのか、もとからこうした需要があったのかは不明ですが、ひとつ確実に言えることは、学習プログラムに対する従業員の姿勢が根本的に変化したということです。過去20年間でサービス業界、特にデジタルサービスの分野において、大きな変化が見られると、ジャン=シャルル・ノワロ氏は指摘します。「20年前までは、従業員の能力開発はマネージャーが責任を持って管理するものと考えられ、従業員は自身のエンプロイアビリティを高めることにさほど関心がありませんでした。しかし現在では、従業員自身が学びに対して意欲的であり、会社はツールを用意するだけで、マネージャーがプッシュしなくとも、従業員自ら必要な学習プログラムをこなすようになりました」。「ターゲットを絞り込んだモジュール形式のプログラム」を短いセッションに分けて提供することで、各自のスケジュールに合わせて受講することができ、こうした変化に柔軟に対応することができます。
社内の専門家が作った「オリジナル」コンテンツも、士気向上に効果があるとシリキット・ベリ氏は指摘します。仕事に必ずしも必要のない極めて専門的な内容のものであっても、自分の働く企業の事業内容をより深く理解し、エネルギー転換に伴う課題に対処できるよう、高度な知識を学びことを従業員は望んでいます。情報を共有することで互いの仕事を理解しようとする、こうした姿勢こそがラーニングカンパニーの要となります。
パフォーマンスに対する学習効果の測定:永遠の謎
トレーニングのROI を測定すべきかどうかは、「難しい問題」だとジャン=シャルル・ノワロ氏は言います。「今ではLXPツールを使って、受講可能なコンテンツ数、こうしたコンテンツが従業員同士の交流やトレーニングの活性化に寄与した貢献度、最も多く受講されたコンテンツ、最も人気の高いコンテンツなどの情報を集め、能力開発戦略によってどの程度、知識の資本化を推進できたかを確認することができます」。
しかし、学習プログラムを受講したことがパフォーマンスにどの程度影響を及ぼしたかを正確に測定することは極めて困難です。「能力開発は事業の発展を促す要素のひとつであり、ソプラ・ステリアでは他社と連携し、その効果を正確に把握するための努力を行っている」と、ジャン=シャルル・ノワロ氏は言います。シリキット・ベリ氏も「研修プログラムによるROIを正確に算出することがいかに難しいか」を実感しています。「ただし、今回新たに導入したプログラム(共同開発、リモートコーチングなど)については年次評価で定期的に取り上げられ、その必要性がアンケートでも繰り返し言及されています。また、トレーニングの効果を実感した従業員は、周囲にそのメリットを伝えることで情報が広がり、数字に算出することはできなくとも、パフォーマンス向上の確かな手応えを実感することができます」。
ナディーヌ・ブイ=ルコントが指摘するように、学習文化を育成することが、パフォーマンスにプラスの影響を与えるだけでなく、従業員の定着率向上や愛社精神の醸成にもつながります。学習プログラムの提供だけでなく、コンテンツ開発を通じて従業員同士が知識を共有する環境が相乗効果となり、人材不足 や従業員満足度 が大きな課題となる昨今において、多大なメリットをもたらします。
学習する組織となるには、毎年新たなトレーニングプランを発表するだけでは十分ではありません。計画を立てることも重要ですが、これにより状況に合わせた柔軟な対応が難しくなることがあります。具体的なニーズやスキルギャップに応えるには、役職や階層を問わず社内の誰であっても、必要に応じて直ちに研修プログラムを計画・実施・管理ができる体制を作ることが求められます。研修プログラムはエンパワメント、能力開発、パフォーマンス向上を促すツールであり、デジタルツールを活用することで、これらをすべて実現することも可能ですが、それにはビジネスリーダーやマネージャーが模範を示し、積極的な学習コンテンツの受講を促す真の学びの文化を構築することが必要です。